穀田恵二と京都共産党

メモ

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穀田恵二と京都共産党
古本屋通信   No 2632    2017年  06月25日


   穀田恵二と京都共産党

 私がこれまで穀田恵二を取り上げたのはたぶん2回だけだ。以下がそれだが、拍手は極端に少ない。

No 2430 穀田のアッと驚く朝鮮民主主義人民共和国非難発言
No 2431 共産党は最悪の党破壊分子・穀田恵二の除名を急げ!

 これは穀田を糾弾した文だが、それまで私にとって穀田は良かれ悪しかれ存在感のない能面のような男だった。だから染織家の女房がいながら他の女に手を出して、キンピーサイトで批判されても、食指は動かなかった。ところが今日キンピーサイトを見ると、穀田が京都で自民党や公明党の国会議員を招待して周年記念パーティをやると云う。許せない想いが走った。そして小物ながら大物ぶって県議引退記念パーティをやった武田英夫のことを思い出してゾッとした。


 まずはキンピーサイトのブサヨさんのリード全文と、それに導かれた産経新聞の記事を貼る。もちろん赤旗の記事はない。ある訳がない。

 2017年06月24日19:11   キンピーサイト
穀田恵二国対委員長20周年記念パーティは7月30日に京都全日空ホテルでやるそうなのだが、これはかつて寺前巌議員が議員生活25周年か何かのパーティを全日空ホテルでやったのか伏線とみられる。要は寺前巌と同じことやりたいがために自分からやってくれと大島理森らパーティ発起人に提案したと京都府委員会では思われている。あ、田原総一朗にも声かけたらしい。

で、その寺前巌のパーティは言いだしっぺが谷垣禎一だった。これが中央委員会としては寝耳に水で、自民党議員と一緒に乾杯するとはまかりならんと慌てて市田忠義を京都に行かせて止めさせようとしたが、寺前たん党の中止要請を断ったという経緯がある。

なわけで、中央委員会としては寺前の真似をする穀田がぶっちゃけ不快なのでパーティの件を赤旗に載せる気はいまのところないのだそうだ。

で、パーティにはもう一つ裏があって、パーティのタイミングがちょうど都議選終了後なので、東京のマスコミの目の届かない京都で野党間で水面下協議をする模様だ。まーたぶん敗北の反省会にしかならんだろうけどw  busayo_dic


 次に産経新聞の記事。

 政敵同士で開く「同窓会」 共産・穀田国対委員長在任20周年 
 6/20(火) 7:55配信   産経新聞
 ■自民・二階氏ら出席検討
 共産党の穀田恵二国対委員長が在任20周年を記念して7月30日に京都市内で開催するパーティーに、自民党の二階俊博幹事長や公明党の漆原良夫中央幹事会会長ら各党の歴代国対委員長が出席を検討していることが分かった。

 共産党議員のパーティーに与党議員が出席するのは異例だが、現役の国対委員長として与野党で最長の在職日数を誇る穀田氏のため国会でしのぎを削った政敵同士が「同窓会」を開く。

 関係者によると、衆院の大島理森(自民党出身)、川端達夫(民進党出身)正副議長ら4人が発起人を務める。「呼びかけ賛同人」には、自民党の浜田靖一衆院予算委員長や民進党の安住淳代表代行ら各党の国対委員長経験者のほか、衆院京都1区で穀田氏と議席を争う伊吹文明元衆院議長も名を連ねた。


  古本屋通信

 全国の何処と何所の共産党がやっているのか知らないが、言語道断である。直ちに計画を中止せよ。これは党中央でさえもずっと批判的だったろう。しかし地方の事情もあると云うことで押し切られてしまっていた。何のことなない、地方の共産党と自民党、公明党の馴合いである。しかも地方の下部党員の係わらぬ地方ボスの馴合いと取引である。もっとも地方の幹部からすると、「党中央の志位や小池も公明党と裏で慣れ合っているのだからガタガタ言うな」となるのだろう。

 でも地方も中央も全てが自公と共産党が慣れ合っている訳ではなかろう。私は京都の共産党には今回の穀田のような馴合いが生れる物質的基盤があったように思うので、最小限それを書き留めておきたい。


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 かつて1960~1970年代京都共産党はわが世の春だった (今回の書き下ろし)

 蜷川府政与党はもちろんのこと、京都共産党は参院京都選挙区(定員2)において、自民党と共に指定席が揺るがなかった。衆院京都中選挙区2つはそれぞれ定員8だったろう。多少の浮き沈みはあったが、共産党はそれぞれ2議席を確保していた。京都共産党にとっても、京都の住民にとってもコレはごく普通の日常風景になって定着していた。これ自体は望ましいことだったと言える。

 だがコレは若い学生にとっては異常な光景にうつった。つまり共産党が革命の党とうつらず保守の党と見做されたのである。端的な例は1970年代の京都の大学だ。京大、同志社、立命館を引く。立命館は今に至る市田ー穀田まで共産王国である。京大は1970年前後に一時期民青が学生運動の主導権を握った時期があったが、殆んどはブント赤ヘルと中核派である。個別には藤野ら何人かの共産党員も生れたが、どうしても彼らに勝てない。同志社では共産党民青は生きていけなかった。名乗るだけで半殺しになった。私は今に至るも山口冨男が同志社時代を語らないのを感動を持って受け止めている。語れないのだろう。

 結論を急ぐ。京都の共産党が自民党や公明党の国会議員たちと政経文化パーティを開催するのはなんら不思議でない。寺前巌がやったから穀田もやる。そこでは穀田の浮気話も出てくるかも知れぬ。大物政治家の甲斐性としてである。さて党中央の志位ー小池はさすがに参加しないだろう。ポイントは市田の去就である。私は参加すると見る。市田の娘婿も京都の地区委員長だという。立命館×を論難する声がある。しかし京大には党の最高幹部を輩出する物質的基盤はない。私が坂井委員長ー藤野書記長を推奨しながら藤野委員長ー坂井書記長を言わないのはそういう理由からだ。同じ理由から早稲田出身の田村智子が副委員長以上になることもあり得ない。しかし立命館×は遠からず消滅するだろう。それは現在の立命館経営が資本主義そのものだからだ。

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