福山市議会の傍聴から帰って

福山市議会の傍聴から帰って
多忙なのでメモだけ

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福山市議会の傍聴から帰って
古本屋通信    No 2329   2016年  12月15日


   福山市議会の傍聴から帰って

 福山市議会の傍聴から帰って以降、ブログの記事を書く気が起きなかった。デボーリンへの回答は機械的に反応すればよかったから、苦痛はなかったが、以後の浜野博とオスプレイは単に他人の記事の貼り込みだった。「無題の箇条書き」 は苦し紛れの羅列だった。

  なぜ書く気がしないのか、さきほどやっとわかった。福山の刺激が強すぎたのだ。ネット言語はナマの舞台には勝てない。それは仕方がないのだが、やはり福山を下敷きにして、もう少し書こう。河村さんを過度に持ち上げることを警戒しつつ書きたい。

  その後も何人かの市議の文を見た。そこには議会報告もあった。正直に書こう。私は福山の両人と倉敷の田辺議員の議会報告以外は通読したことはない。いや初めから毛嫌いはしない。いちおう読もうとするのだが、10行も読めないのだ。色々言っても誹謗中傷に聞こえるだろう。私は議会質問そのもの、つまり一字一句違わない原文が読みたい。下手な解説や解題など読みたくない。こう言うと、福山だって、倉敷の田辺さんだって、議会質問の前段階や後段階で色々書いているではないかと云われるかも知れない。然し彼らの場合は確実に議会質問本文への道案内なのだ。それを読めば本文が見えてくる。その他の方々の文は何も見えてこない。ハッキリ言って、傍聴に行っても仕方がないと思わせる、そういうブレーキとしての文なのだ。

  河村質問は第一質問も鮮やかだったが、彼女の本領は第二質問だった。私は当局の抜かりない答弁に切り込む第二質問は十倍の準備が必要だと書いた。実はここまで準備しているかどうかは事前の文で分かる。当局を問い詰めて議会内改良を勝ちとろうとしていないならば、第二質問など必要がないのだ。だから当初から緊張感のないダラダラの文章が書ける。

  あんまり岡山のことを書くと差し障りがあるだろう。一週間ぶりに京都八幡市議の山田みすずさんを訪問した。議会質問を苦労してやったそうだ。それがうまく行かなかったそうで、反省の弁しきりだった。然し肝腎の質問全文はおろか、要約さえもアップされていない。それでいて、まあよく喋るワ。私よりはるかに雄弁である。無内容なりに理解できる。悪い人柄でもない。然しそんな方に議員になって戴かなくてよいのだ。つまり山田さんは職業としての議員なのだ。「私は精一杯がんばっています」 と云いたいのだ。われわれはそういう議員は必要としていない、と言っても彼女は理解できまい。つまり共産党公認で当選した議員は党籍を失うと同時に議員資格も喪失する。それが理解できない。いやホンとは分かっているのだ。つまり議員を続けたいだけ。

 そこでデボーリンに訊きたい。山田みすずも塩村あやかも同じはないか? 何にも内容がなかろう。セクハラも前歴も関係なく、何にもない。そういう都議に年間1000万円以上を血税から支払うのか? 機会あるごとに失効させねばならない。なに? 自民党都議はどうか、だと? 別問題だが、機会あるごとに失効させたらよい。かくして都議会はプロレタリアート独裁の場となる。

 福山に戻る。河村質問に当局や他会派議員との馴れ合いはいっさいなかった、前回は土地改良区問題だった。今回は福山市民病院神辺診療所廃止問題だった。コレらは単なる質問ではない。大衆運動と結合した日本共産党の議会闘争である。階級闘争の一環である。市当局の譲歩を引き出すことは困難だろうと、私は見ている。しかし真剣勝負である。そもそも大衆闘争を背景にしない地方議員など無用の長物である。河村議員や村井明美議員は人民にとって必要な議員である。デボーリンに訊きたい。同じ意味で山田みすず議員と、塩村あやか都議は人民にとって必要な議員か。そうではあるまい。血税の無駄議員であろう。

  はなしがチグハグするが、私は4トロ派が左派ではなく右翼日和見だということがやっと理解できた。これはデボーリンのお蔭である。


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無題の箇条書き
古本屋通信    No 2327   2016年  12月15日

    無題の箇条書き

① ここ1年ばかり共産党志位執行部の「野党共闘」路線を批判してきた。現実政治が要求したからだが、それはややもすると立ち止まって考える時間を奪った。少し取り止めのない思いを箇条書きにする。文中で個人の敬称は省略する。

② 一昨日の福山は私にとって息抜きだったが、やはりよかった。河村質問傍聴は3度目だった。私は彼女の質問に、五十年前の大衆集会を看た。大衆団交における当局追及の光景を重ねて看た。当時どこの大学にもアジテーターはいたが、女子は少なかった。香川にも一人いた。ジャンヌダルクだったナ。丸亀高校出身でYといった。民青のジャンヌダルクだった。河村もYも早口だった。

③ 私は福山には、半分は村井明美に会いに行ったのだ。これは後で気が付いた。2度目も、今回も、村井は傍聴席の控え室に顔を出した。挨拶をするというのではない。たぶん私以外はすべて地元の党員だった。村井がいなかったら議会の傍聴は始まらない空気だった。村井は私にとっても必要な人だった。一言だけことばを交わした。それで充分だった。

④ キンピーサイトの板で、中野晃一の党籍をめぐって、太宰ファンさんとKM生さんとの間で少し言い争いがあった。私は面白かった。私は中野には党籍があると思うが、彼が超低脳であることは疑えない。志位と赤旗で対談できる神経はネトウヨに等しい。党籍の有無は関係なく中野には知性のカケラもない。中野浩一(競輪)ナミだ、それと小林節だろう。また東大文Ⅰと文Ⅲの違いも面白かった。太宰ファンさんによると、「文Ⅲは2浪すると誰でも入れる」 とのことだ。これは初耳だが、たぶん駿台予備校あたりではそう言われているのだろう。そう言われりゃ宮本徹も、坂井希も文Ⅲ出身だったな。

⑤ 直前に立てた浜野博の板には、予想通り拍手はない。なぜ浜野の板を立てたかと言うと、彼が民文岡山の消滅の象徴のような人格だと思ったからだ。浜野は勝手人間の典型だった。重度身体障害者だから仕方だないという擁護論はなかった。三宅陽介がいなかったら民文岡山は1年も続かなかった。浜野も三宅も党員だった。その三宅もいまや特養だ。あとは鬼藤と、妹尾と、石崎と、新人の笹本だ。代表は鬼藤だがまあ超デタラメな会運営だった。まるでここまで横暴があるかというくらいファッショだった、しかも自分が共産党員だということを威張り散らして、非党員の石崎を作品丸ごと卑しめるのである。結果は鬼藤が追い出された。それはよいが、非党員の石崎や安岡ファンの妹尾では会は存続すまい。

⑥ 民文岡山、岡山詩人会議、岡山平美、それぞれジャンルに違いはある。しかし組織が存続していくための条件はあるだろう。それぞれの会は創作方法の縛りは設けていないけれど、やはり一定程度の創作方法としてのリアリズムは必要である。現実のリアルな描写といってもよいだろう。それと表面には露出しないけれど、会運営の中心は党員が担わなければ現実には会は存続しないだろう。つまりいくらかは自己犠牲が要るのだ。上記3団体では民文岡山が崩壊寸前である。やはり三宅が必要だったのだ。

⑦ このところブログの持つ力と限界を考えるのだが、一般論は措いて、自分のブログというよりブログ言語について考える。2000文を超える拙文に何らかの力はあったか? あったとすれば如何なる力だったのか。結論だけ書こう。冒頭のようにいくら河村さんを絶賛しても、かえって迷惑がられこそしても何の激励にもならないだろう。しかし私が厳しい罵声を浴びせて糾弾した文書は確実に一定の効果はあった。それは糾弾対象に対する圧力としてではなく、周辺の日本共産党員に対する圧力として確実に作用しているだろう。具体的な事実は列挙しないが、私が党カルトとして指弾した党員をヨイショする党員はこの3年間でいちじるしく減った。間違いない。もしヨイショすれば、今度はその党員を徹底的に糾弾すると分かっているからだ。理屈はどうでもよい。納得してもらわなくてもよい。きらわれったら本望である。日本共産党の周辺から党カルトたる言動を追放するのこそが私の唯一の目的である。そういう文脈で河村さんらを褒めている。

⑧ 文学に愛想が尽きている。石崎のことは繰り返さない。しかし石崎とちょうど同じような人物がいる。大学教授のくせに言語能力がない。近くのノートルダム清心女子大学である。いまや利害関係はまったくないが、あまり辱めては学生がかわいそうだから名指しは避ける。近代文学である。私は十数年前から出入りする女子学生対象に、このセンセの立派な著書を広げて、書かれている文がいかにデタラメであるか繰り返し講義してきた。まあ古本屋のオヤジより大学教授の方がリッパという認識は女子学生にもある。理解されたことはなかった。

⑨ M学院高校のK先生も同意するのだが、私は高等学校の各科の教員と30年ほど付き合ってきた。一番だめなのが圧倒的に国語教師である。人格の問題ではない。世界と人間、いわば社会の総体を捉える認識の問題である。これも石崎を引けば分かり易いだろう。「日本がアジアで果たさなければならない指導的役割」なんて事を正気で口にできる世界認識。もう小学生以下、これが高校や大学で近代文学を講じている。私は高校は仕方がないが、こういう大学に孫娘を絶対に行かせない。

⑩ 昨日の赤旗でちょっと読んだが、朝鮮問題で国会に参考人陳述を求められた人が、(北を)一人前の国家として迎えない大国の対応こそが問題をこじれさせた元凶だと指摘していた。この限りでまっとうだ。そもそも独立国が大国帝国主義に認知して戴かなければならない理由などないが、一定の平和共存は必要だろう。まず北の核実験を無条件に認めることだ。何も悪くない。それだけのことを共産党がいえない。ブルジョア議会主義の病根は根深い。関係するが、最近「北」の目を覆うばかりの貧困と惨状について、間接情報が寄せられた。子どもの餓死者が続出しているらしい。まんざらデマではないだろう。しかし何処まで行っても国内問題である。この国はヨーロッパの少なくない国と貿易取引がある。中国ともある。日本が敵視する理由はまったくない。

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