都民の代弁をしない鳥越俊太郎 - 政策の言葉が聞こえない場外乱闘の夏

メモ

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都民の代弁をしない鳥越俊太郎 - 政策の言葉が聞こえない場外乱闘の夏

三連休中日の日曜(7/17)、池袋の大きな書店に足を運んだ。4階のフロアで『SEALDsの真実』がどのような売られ方をしているのか確認することと、鹿砦社の『ヘイトと暴力の真実』を入手することが目的だった。『SEALDsの真実』は、奥まった裏手の書架にひっそりと、しかも右翼本のカテゴリーの中に陳列されてあった。著者としては最大の侮辱を受けた格好だが、しかしこの虐待は、何となく事前に予測できていたことでもある。この書店はそういう事故が起きておかしくない、ある種の背景と動機を疑うことのできる店舗だ。用を終え、不愉快な気分で雑踏を駅へ戻ると、東口の駅前で都知事選の演説風景に出くわした。鳥越俊太郎の応援演説で、選挙カーの上に田村智子と柿沢未途が立ち、他に元共同通信と元NHKの年配の男が侍り、鳥越俊太郎の姿はなかった。柿沢未途が「私も元NHKです」と自己紹介していて、ネットで調べると、麻布から東大法でNHKに入局している。あ、そうだ、この維新の党の幹事長だった若い男は、毛並みピカピカの世襲2世だった。柿沢未途が柿沢弘治の息子だったことも忘れているほど、私は現実政治から疎くなってしまっている。経歴からの印象は悪いが、この男の演説は思っていたより上手で、へえと意外に感じながら最後まで付き合った。



気になったのは、その演説に足を止める人の数が少なかったことである。日曜の午後、夏のバーゲンの時期の池袋東口の買い物客がどれほど混雑しているか、想像するだけで目が眩みそうになる。先週(7/14)、民放のバラエティ番組に出演した田中美佐子が、島根から上京したとき、池袋駅の改札を出た瞬間に人が押し寄せてくる難に遭って失神した過去を告白していたのを聞き、ほぼ同じ時期に同じ経験を持つ者として当時を思い出していたく同情してしまった。田舎者は、ぶつかってくる群衆の一人一人を人と思って見てしまい、個々の顔を見て、一人一人に人としての対応を要求してしまう。血の通った人と人の関係しか知らない。改札に押し寄せる東京の群衆は、そこに突っ立っている田中美佐子を人として見ていないのだ。たとえ目と目が合っても、それは邪魔な障害物なのである。田中美佐子が語ったエピソードが、どこまで真実か、それとも脚色が入っているかは分からない。だが、この話を池袋駅を舞台としたところがミソで、すなわちネタとしてウケる(説得的な)小咄で、こうした事件が最も起きそうなのがJR池袋駅の改札とコンコースの空間なのである。新宿や渋谷ではなく池袋だ。池袋駅の利用と通行は特別に緊張を要する。健康で体調がよくないとアクセスできない。

私は、池袋東口駅前の、あの横断歩道の「中州」の広場に立ち、つまり選挙カーから最も至近距離の位置で演説を聞いたが、「中州」の人口は実に少なかった。共産党系の市民団体の関係者と思しき人たちが10人ほど、それ以外の一般の者が15人ほどという具合だっただろうか。駅前の、西武百貨店からパルコに続く長い歩道上で演説を聞いている人の数も少なかった。多くて200人ほど。信号が青に変わると、横断歩道の両端から「中州」に人がやって来るが、「演説会場」の特等席なのにほとんどの人が立ち止まらない。選挙カーの音声に関心を向けない。都知事選に関心がない、あるいは、選挙に倦み疲れているという様子だった。考えてみれば、選挙の日常は途切れなく延々と続いている。選挙カーの演台に立って喋る人、それをサポートする人、それを取材してテレビで放送する人、プロの人たちは景気よく活発に動いているが、東京の街を歩く庶民はもう十分に飽きている。政治業界のプロたちが騒ぐ言葉に耳を傾けていない。聞き飽きたフレーズに素通りしている。横断歩道を通り過ぎる人たちと、選挙カーの上で熱弁をふるっている人たちは、別々の世界の生きもののようで、駅前に鳴り響く言葉は人々に届いていなかった。選挙カーの上の人たちは、反応の悪さを気づいていたに違いない。

庶民たちは知っているのだ。都知事選は、リオ五輪までのテレビ業界の繋ぎのネタである。都知事選が終わったらリオ五輪で埋めて稼ぐ。小池が鳥越がとテレビが騒いでいるのは、無理やり関心を作って視聴率にするためで、「劇場選挙」はテレビがテレビのために演出して扇動し、それに候補者が乗っかって巧く利用しているものだ。その証拠に、テレビは都知事選の争点を定義しようとせず、公約されている政策の違いを図式化化して解説しようとせず、その代わりに毎日毎日、場外乱闘のネタを提供して撒いている。テレビは、参院選はまともに報道しようとせず、おざなりにしたまま他の話題ばかり流し、面白くも何ともない9党の公約を箇条書きにしてパネルで見せ、アリバイ報道していたが、都知事選は候補者のバトルをネタにして毎日時間を割いている。まるでワイドショーが芸能タレントの喧嘩を面白可笑しく騒いでいるようだ。参院選の公示前、6月の最初から3週間だが、参院選で最も重要な時期で、争点と勝敗の大枠が決まるときだった。このとき、テレビ報道は舛添要一の「政治とカネ」の問題にフォーカスし、舛添要一を辞任に追いこんで行く。これが官邸による参院選隠しの政治であり、安倍晋三によるマスコミ操作であることを、正しく指摘していたのは外国メディアの記者たちだけだった。

野党の統一候補となって出馬した鳥越俊太郎が、街頭演説に熱心でないのは残念なことだ。三連休の最後の日だった7/18、巣鴨の遊説先で森進一と登場したとき、わずか40秒の挨拶で退席したことが報道され、これには驚かされた。いくら炎暑で76歳の高齢とはいえ、都知事選に立候補した者が、街頭演説を予告して有権者を集めながら、わずか40秒しか話さないということはあり得ない。場所が巣鴨地蔵通り商店街だから、集まっていた聴衆は70代から80代の高齢者だろうし、いわば、鳥越俊太郎を支持する中核に位置する人々だ。今、鳥越俊太郎は人生の中で最も世間から注目される瞬間にあり、人は鳥越俊太郎の言葉に期待して耳を傾けている。そして、その鳥越俊太郎はしゃべりだけで人生をやってきたような、いつも話すことが山ほどあり、口を開けたら機関銃のように話が飛び出てくる人間だ。どうしてこの機会に、信じる政見と政策を渾身の言葉にしようとしないのだろう。思い残すことなく存分に語り尽くし、遺言となる言葉を人々の耳に残そうとしないのだろう。どうして選挙をワイドショー仕立てにして、病み上がりがどうだの、週刊誌の醜聞記事がどうだのという場外乱闘にしてまうのだろう。選挙は勝たなくてはいけないが、それ以前に、有権者は反安倍の鳥越俊太郎に代弁を求めているのである。

代弁されるために、灼熱の中をわざわざ堪えて立ちんぼし、鳥越俊太郎の演説を待っているのだ。12日に記者会見をしたときの鳥越俊太郎の言葉は悪くなかった。熱い意思もよく伝わった。急な決断だったため、公約の中身は詰めてなかったが、そこから2日、3日経てば参謀も付き、政策の言葉を縦横に披露するものと思っていた。大統領予備選で誰よりも政策論で他をリードし、旋風を巻き起こした74歳のサンダースの日本版の姿を見せるのではないかと思っていた。何より、宇都宮健児の労作の政策集を譲り受けているのだから、それを下敷きにすれば、政策構想は簡単に案出・作成できるはずだ。期待はずれとしか言いようがない。東京にはまさに格差社会の天国と地獄がある。田舎に仕事がないため、東京に職を求めて出て来た若者が、低賃金の非正規労働に就かされ、40代になっても結婚できず、将来設計が能わず、希望を失って塞いでいる。家族の介護に疲れた者がいる。一方で、銀座や秋葉原では、外国人観光客が喚声を上げて消費を謳歌している。弱者のためにとか、弱者に光を当てる政治をとか言いながら、参院選では具体的な問題がほとんど出なかった。鳥越俊太郎が都知事選に出たなら、こういう例があるじゃないかとマスコミに問題提起し、国や都は何をしていたんだと批判し、弱者を代弁することができたはずだ。

そこから具体的な政策を提言して、争点を作り出し、都知事選の論戦をリードすることができたはずだ。どうしてそれをやらないのか。出馬宣言したとき、鳥越俊太郎は、自分は都民の声を聞くと言っていた。その意味は特に、都民の中でも弱者の声を拾って聞くということだったはずだ。出馬から1週間以上経ち、もう十分に手元に声が届いているだろう。どうしてそれを代弁しない。どうして、街頭での政見表明を民進党や共産党の議員に任せているのか。場外乱闘は要らない。


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